バカ田大学講義録

バカ田大学は、限りなくバカな話題を大真面目に論じる学舎です。学長の赤塚先生が不在のため、私、田吾作が講師を務めさせて頂いております。

お金の誕生

給料が足りない、月末はお財布がピンチ、お金持ちが羨ましい、と私たち現代人の悩みとはお金の問題とは切り離せず、誰もがもっとお金があれば幸せになれるのにと考えています。

世の中は金じゃない、とは言え実際には金がものを言う。お金がない故に惨めさと不幸を嘆く人もいれば、使いきれない資産を得ても幸せを感じない人もいる。

私たちの社会生活に欠かせないお金が,何故幸福と不幸を呼び込むのか?そこには人間は何故お金を使い始めたのかという根源を探る必要があります。

 

通貨の誕生:古代編

人間がお金を使い始めたのは、紀元前4000年前のメソポタミア文明だといわれています。中東イラクの首都バグダッド近郊は、遥か古代よりチグリス川が広大な湿地帯をつくり、灌漑技術がない時代でも麦の栽培が出来る土地でした。この大地で人類最古の農耕が始まり、それまで狩猟民や遊牧民として放浪生活をしてきた人間は一つの土地に留まっても食料を得られるようになります。

 

一般に野菜や肉などの食品は生体から切り離すとすぐに腐敗して,栄養を貯蔵できないという問題点があります。またエネルギー源である炭水化物が少ないため腹を満たしてもすぐに空腹となります。そのため遊牧民たちは羊などの家畜を生きたエネルギー貯蔵庫としたのです。

一方で麦を始めとした穀物は炭水化物であり収穫した後に保存が効きます。そのため生命活動に必要なエネルギーを貯蔵できるという特性があります。収穫した麦が多ければ、それだけ長期間食べる心配をしなくても良い。一生を飢餓との戦いに費やし,一日中食料確保を考えてきた人類が「余裕」を手にしたのです。人間の脳は炭水化物を分解したブドウ糖を唯一のエネルギーとしており,糖分と穀物なくては思考力が上がりません。思考の大半を今日の食料確保に費やしてきた人間は、思考と生体活動に費やすエネルギーを安定確保したことで、余裕が出来た思考は様々な欲求に向かいます。

 

衣食住という言葉があるように、着るもの,食べ物,住環境の快適性は人間の欲求の基本です。麦と同じく栽培していた麻からは、麻糸の繊維がとれ,布を織ることが出来ます。それまで毛皮を着ていた人間が、通気性の良い衣類を手に入れることが可能になりましたが、麻布の製造は住民全員が行なっていたわけではありません。麦栽培に必要な土地を得られない人々が麻を栽培し,麻布を織る専門技術をつけたのです。布職人は麦を栽培しないので食料確保のためには、麻布を麦を所有している人と交換する必要がある。住居に必要な木材や日干しレンガも同様に専門職人がおり,麦と交換していました。こうして麦が物々交換の主流となり、通貨と同じ機能を持ったのです。麦が通貨となり得た理由は、誰でも貯蔵と持ち運びでき,誰もがエネルギーとして必要としていたからです。お金とは社会集団全員が価値があると認めなければ,交換が出来ません。需要と価値が明確であることがお金の誕生に関わっています。

 

貨幣の誕生

農耕を始めた人類は、土を耕し麦を収穫するために、石や木材で出来た農具を使っていました。しかしこれらの道具は硬い土を耕せば簡単に壊れてしまうため、金属で出来た農具を欲しがります。純度の高い銅鉱石は竃の火力で加工できるため、高い価値が生まれました。そして銅は農具だけでなく、食器にも加工出来ます。それまで土器や石皿で食事していた人々も,銅を欲しがります。金属は農具を作れますが、同時に剣や槍などの武器を作れます。軽くて頑丈な青銅武器は、圧倒的な武力をもたらします。穀物の貯蔵は富をもたらしますが、それを持たない民族が強奪する危険も出てきます。もしも戦闘民が青銅の武器を持っていたら、石器しか持たない民族は滅ぼさます。初期メソポタミア文明を築いたシュメール人は街に城壁を築き、各地から交易によって銅を集めました。

穀物は富の蓄積を可能にしましたが、食料である以上翌年まで保存できません。食べきれないだけの麦を富として得ても、翌年には土に還ってしまい富を失うのです。また、収穫期には多量の穀物が市場に出回るのに、穀物が取れない時期には市場への供給がないため価値が高騰します。年間を通して価値の変動が激しく、一杯の麦にどれだけの価値があるのか、共通認識がなかったのです。

銅を始めとする金属は古代遺跡から当時の状態で発見されているように、経年劣化を起こさない特性があります。そのため麦に変わる通貨として使われてはじめ商取引が活発化しました。シュメール人の石板には銅塊を取引した記録が多数発見されています。10円玉は銅,100円玉は銅とニッケルで出来ているように、現代でも銅は通貨として使用されますが,生活水準がさらに向上し,人間の欲求が自分を飾り立てることに向かうと,装飾品としての金の需要が生まれました。銅や鉄と異なり、金は採掘技術が進歩した現代においても希少な金属です。人類の歴史上,全世界に保有する金を集めても25mプール2杯分しかないといわれるほど採掘量が少なく、採掘に多大なコストがかかります。

一方で装飾品としての金は数千年前の輝きを今に伝えるほど劣化しません。最も安定した物理特性を持つため、銅や鉄のように錆びないのです。富と権力を持った支配階級の欲求は不老不死に向かいます。不滅の金属である金は永遠の象徴であり、古代エジプトをはじめ多くの墓に埋葬されるようになります。

一方で金は,食糧や物資を豊かに所有する権力者にとっては需要が高くても、一般庶民には使い道がありません。けれど僅かでも所有していれば、多くの物資と交換できる引換券でもある。毎年の採掘に限界があり,年間を通して一定量しか出回らない金や銀は価値の変動が少ないため、一粒の金にいくら価値があるのか、都市住民に共通理解が得られます。初期の商取引には、金粒や銀粒の量を計って取引を行い、やがて重量を刻印された金が流通します。各民放の言語によって物の数え方は異なり、重さの単位も違うため、都市国家が共通の尺度と君主の刻印がなされたコインを発行しました。ここに貨幣が誕生したのです。