バカ田大学講義録

バカ田大学は、限りなくバカな話題を大真面目に論じる学舎です。学長の赤塚先生が不在のため、私、田吾作が講師を務めさせて頂いております。

生命の氷

地球で最も南に位置する南極は、一年を通して氷に覆われた場所であり、人間が定住できない唯一の地でもあります。それ故に南極大陸は、世界のどの国にも属していない氷の聖域でもあります。

 

地球で最も寒い場所

地表の気温は、太陽熱で大地と海が温められることで上昇します。そのため太陽熱が当たりやすい赤道付近は常夏の気候であり、太陽熱から遠い極地では寒冷気候になります。

北極の氷下は海であり、水面だけが凍っているため、水中温度は1℃以上あります。一方で南極は大陸の上に厚さ1500mを超える氷が覆っています。永久凍土の底冷えと高所の強風により熱が失われるため、北極よりも南極の気候が寒くなります。

地球は1日1回自転することで、その土地に夜と昼が訪れます。また、大地の自転と上空の大気とのズレが気流を生み、気象をつくっています。この自転軸が北極と南極であり、南極の夏は太陽が24時間同じ位置ある白夜の状態になります。冬は反対に、日中でも太陽が登らないために常に暗く、南極点では−70℃を下回る極寒の世界なのです。

 

極寒の世界

氷結とは物体の分子運動エネルギーがなくなることで、水分子が固体化することです。水の氷結温度を0℃と基準にしており、水分を含んだ物質は内部温度が0℃を下回れば凍ります。

そして−70℃の世界では自然界の全てが凍りつきます。大気中の水分が凍るため南極の湿度は低く、空気中では病原体が生存できません。意外なことに南極で風邪を引くことはないのです。汗をかけば一瞬で皮膚が凍り、深呼吸をすれば肺の奥まで凍りついて死に至ります。

熱伝導の良い金属製の機材や足場に素手で触れてしまうと、手が凍りついて離れなくなります。素早く処置をしなければ凍傷で手足や鼻先を落としてしまう。防寒着を何重に着込んでも、野外で活動出来るのは日中だけであり悪天候や夜間に外出することは出来ません。

野生動物の生息も厳しく、寒さに弱い昆虫類はいません。土中に微生物が存在せず土に栄養がないため、植物は苔類が生えるだけです。陸の生態系が存在せず、氷の大地には一滴の水もないため、南極は世界最大の砂漠に分類されています。

 

南極海の生命

氷に覆われた不毛の大地である南極ですが、氷河の下にある海の中は地上よりは暖かく、豊かな生命が生きています。魚類や甲殻類は変温動物であり、海水温が1℃でも活動できます。

北極の氷は海水が凍ったものですが、南極の氷は雪が積もって氷河となり、海に落ちて氷山となります。真水を成分とする氷河が溶けると、比重の異なる海水とはすぐに混ざりません。冷たく重い水は深層海流となり、海底の泥を巻き上げます。この時に泥の中の栄養も含まれており、海水と混ざり合うことで植物プランクトンが爆発的に発生します。

南極海には体長2~3cmのオキアミというエビの仲間がいます。オキアミは植物プランクトンを餌としており、海中を紅く染めるほど大量に発生します。このオキアミは海中生物の主食であり、一日数トンのオキアミを食用するクジラたちが南極海に集まります。他にもアザラシやペンギン類、大型魚類が南極海に集まるため、南極海は世界有数の漁場でもあります。

 

氷下の世界

南極大陸は夏でも気温が0度を超えません。そのため南極の雪は溶けることがなく、毎年降った雪が氷となって積み重なります。100万年という膨大な時間をかけて形成されたのが地表の氷であり、過去数十万年の大気が時代ごとに閉じ込められたタイムカプセルなのです。南極は人間の生活圏から離れており、大気中の塵や水分が殆どないため、空気は清潔に保たれています。地球の気候変動メカニズムを研究する上で重要な場所であり、世界各国は南極に観測所を設置しています。

南極大陸はかつてオーストリア大陸とつながっており、地表プレートの変動により極地まで移動しました。氷の下の大地は、数百万年前まで他の大陸と同様に多くの動植物が生息したと考えられています。

 

地球最後の聖域

不毛の大地である南極は、過去数十万年に渡って人間の進出を阻んできました。そのために地上も海も大気も環境汚染されず、天然のクリーンルームになっています。

近年の国際社会では、地球温暖化による気候変動が人間の生活圏を脅かしており、温暖化防止は緊急の国際問題として挙げられています。欧米各国では、経済全体の枠組みで二酸化炭素の削減を掲げており、これまでは温暖化対策に否定的であった中国なども対策を打ち出しています。しかし、実は地球が温暖化するメカニズムは解明されていません。

地球の気候は、世界全体が寒冷化する氷河期と、温暖化する間氷期を繰り返してきました。現在は間氷期であり、地球はこれから氷河期になるという見解も多いのです。温暖化の主因も二酸化炭素濃度上昇だけでなく、太陽活動の活発化、海水温の上昇、極地の氷解、海底のメタンガス放出、火山活動など様々な主張がされています。

「地球は温暖化している」「地球は寒冷化する」、「温暖化は人間の活動が原因」「温暖化は自然の摂理」、「温暖化は人間を含めた生態系全体を破壊する」「地球は温暖化と寒冷化を繰り返しており、生物は環境変化に適応してきた。生物は気温上昇により活性化するのだから、地球全体が温暖化すれば生態系は豊かになる」。世界中の気象学研究では、地球温暖化の真偽から結果に至るまで議論が入り乱れており、温暖化メカニズムも仮説の段階です。そのために国際会議では、各国は自国の利害に一致した気象データを引用している状態で、国際協定の足枷となっています。各国の足並みを揃えるためには科学的に正しい気象理論と、根拠となるデータが必要なのです。

南極の氷は、温暖化と寒冷化を繰り返した地球大気の記録レコーダであり、南極の空気は地球規模での大気汚染や気温変化を観測できます。日本から遠く離れた南極は気象学研究にとって大変重要な場所であり、国立極地研究所昭和基地を拠点に毎年多くの研究者を南極に派遣しています。南極には国境線がなく、研究基地の外に人間は誰もいません。各国の基地では研究データの共有を通じて国際交流しています。食料も燃料も研究資材も、必要最小限しか持ち込めない南極は極限世界のサバイバルであり、国を超えて助け合わなければ生活できません。

 

地球の氷嚢

南極大陸は地球全体の氷の7割が集中しています。夏場の飲み物に氷を入れるように、氷には水や空気から熱を吸収して温度を下げる働きがあります。火照った身体を氷嚢で冷やすように、南極の氷は大気や海水温度の上昇を緩和する働きがあります。

局地的な海水温上昇はエルニーニョ現象ラニーニャ現象などがあり、大量の水蒸気が上空で大型低気圧となって台風を発生させます。海水温上昇は豪雨や干ばつなどの異常気象を引き起こすことが分かっており、南極の氷が溶ければ温度上昇は加速します。

生物の住めない南極大陸は、海水温を低く保つことで地球全体の生物を守っている、かけがえのない地球の氷嚢なのです。