バカ田大学講義録

バカ田大学は、限りなくバカな話題を大真面目に論じる学舎です。学長の赤塚先生が不在のため、私、田吾作が講師を務めさせて頂いております。

生命のタマゴ

スーパーの卵は食卓に最も身近な食材です。和食、洋食、お菓子まで、どんな料理にも使える万能食材であり、生命維持に必要な栄養素を全て持った完全食品でもあります。今回は卵の秘密を生物学の視点から解説します。

 

卵とは生命の原型

一般的には食品としての鶏卵がイメージされる卵ですが、私たち人間を含めて鳥も魚も生物は卵から生まれてきます。卵の黄身である卵子は生命の原型であり、哺乳類の胎児が子宮内で発育する代わりに卵の殻に包まれて発育します。

強固な殻は、内部の生命を守る構造をしています。悪天候や衝撃から内部を保護する構造であるため、近代建築物や自動車の形状は卵をモデルとした物があります。

殻は通気性が良いにも関わらず、汚染物や病原体を通しません。一見滑らかな卵の殻はカルシウムとタンパク質の微細構造であり、フィルターの役目をしています。

卵の白身には病原体に対する抗体が含まれており、幼胎の栄養源と同時に防御の役目もあります。一般の生鮮食品は消費期限が3日程度であり、日数が経つと病原体が発生してしまいます。しかし卵は冷蔵保存して加熱料理すれば1ヶ月は持つとされます。他の生鮮食品は生物の破片であり、細胞レベルでは死んでいますが、卵は一個体の生命が眠った状態だからです。

卵が細胞レベルの機能を保っているという特性を生かして製造されるのが、インフルエンザワクチンです。細菌と異なりウイルスには生命維持機能がなく、生物の細胞内でなければ増殖出来ません。弱毒性ウイルスを純粋培養するには「生きた容器」である鶏卵が使われるのです。一個の鶏卵からは2単位のワクチンが製造出来ますが、インフルエンザの大流行に備えるためには数十万単位のワクチンを事前に製造する必要があります。近年では一度に50単位製造出来るダチョウの卵を使用したワクチンも研究されています。

卵のカタチ

鶏卵を始め、鳥の卵は偏った楕円形をしています。亀やトカゲの卵は球形、ヘビの卵は完全な楕円形です。卵細胞の形は球形なので、卵の形状も球形が本来の形状です。しかしヘビは胴体が細長いため、卵管を通れるように卵も細長くなりました。爬虫類の卵は形状が丸型であり、恐竜の卵化石も楕円形です。恐竜から進化した鳥類は、樹上や崖など高い場所に巣を作るため、卵が転がらないよう歪な形状になっているのです。

魚類の卵は殆ど球形ですが、ネコザメなどの小型のサメ類は、海藻のように不思議な形状の卵を産みます。卵を周囲の海藻に巻きつけることで、潮に流されないようにしています。大型のサメ類は卵を母胎内で孵化させる、胎生の種が多いです。

 

鶏卵の誕生

食品としての代表格である鶏の卵ですが、食品用の卵は全て無精卵であり、ひよこが羽化することはありません。野生の鳥が産卵するのは子育ての時期だけですが、鶏を改良して作られたブロイラーという品種は、1日1回は無精卵を産みます。餌やりから採卵までを効率化するために、鶏たちはA4用紙と同サイズの狭いケージに集団で飼われています。

経済成長に合わせて様々な食品が値上がりする中、1個10円程度の価格を保ってきた鶏卵は「物価の優等生」と呼ばれましたが、それは鶏たちを「卵を産む機械」として採卵の効率化を追求したからです。鳥は本来警戒心が強く、野生の鶏は広範囲を単独で行動します。ケージで身動き出来ないことも、集団でいることもストレスをかけており、鶏たちの健康を損ねていると指摘されます。

家畜の餌には抗生物質を混ぜているのですが、ウイルスには効果がありません。一羽でも鳥インフルエンザに感染すると、狭いケージに集団飼いされた鶏には一瞬で蔓延します。鳥インフルエンザの感染爆発が恐れられているのは飼育システムの事情があり、ウイルスの陽性反応が一羽でも出れば鶏舎全部、数十万羽の鶏を処分しなければなりません。

鶏は総排泄孔と呼ばれる肛門と卵管が繋がった器官から卵を産むため、産みたての卵は便汚染された状態です。日本には生卵を食べる習慣があるため、採卵は洗浄消毒して品質管理を経た上で出荷されますが、大腸菌サルモネラ菌による食中毒が毎年発生しています。外国の場合、スーパーの卵は生食用に製造していないために、必ず加熱料理する必要があります。

また、卵はアレルギーの出やすい食品であり、食品アレルギーを発症しやすい子どもは特に注意しなければなりません。卵白は小麦粉の繋ぎとして、パンや麺類など多くの食品に使用されていますが、鶏の抗体(免疫系タンパク質)が含まれているので人体の抗体と反応しやすいのです。スーパーの食料品には卵使用が表示されていますが、地域や一般家庭で作ったお菓子などを子どもに渡す際には配慮が必要になります。