バカ田大学講義録

バカ田大学は、限りなくバカな話題を大真面目に論じる学舎です。学長の赤塚先生が不在のため、私、田吾作が講師を務めさせて頂いております。

色彩の科学・色覚の世界

私たちの日常世界には様々な色が溢れています。しかしそもそも「色」とは何なのでしょう。今回は色と光の関係から、自然界の色彩の秘密、人間は色をどう認識しているかを紹介します。

 

虹色のプリズム

光の正体は、光子という極小粒子と一定の波運動で表現されます。光子は1秒間に地球を7周半という文字通りの光速で運動し、その動きは一定の振幅を持った波です。この波長が長いと光は赤くなり、短いと紫の光となります。赤よりもさらに波長の長い光は赤外線という熱エネルギーとなり、紫よりも波長の短い光は紫外線となって、生物の細胞を壊すエネルギーがあります。人間の目で捉えられる光は赤〜紫の波長であり、赤外線・紫外線は目に見えません。

雨上がりに浮かぶ虹は、赤色、オレンジ色、黄色、緑色、青色、藍色、紫色で構成されています。虹は雲のカーテンに写った太陽光なのですが、白色の太陽光が光の波長に応じて分解されています。

分光器(プリズム)の原理

大気とガラスは太陽光を通しますが、物質の密度が異なるため光がガラスを出る時に進路が折れ曲ります。この時、波長の長い赤い光が先に出て、一番波長の短い紫の光が最後に出ます。太陽光自体は様々な波長の光が合成された白色ですが、波長の長い光から短い光に分光されることで虹色に光ります。空気中の雨粒がプリズムとなった現象が空に架かる虹であり、赤〜紫光の波長をスペクトルと呼びます。

ニュートンの光学色彩論

万有引力の発見で知られる物理学者アイザック・ニュートンは、微積分の発明や錬金術の研究など様々な分野で活躍しますが、彼の研究にプリズムを使用した光学色彩論があります。元々は天体望遠鏡を使う時に、レンズによる分光の誤差を計算するための研究でした。紙に投射したプリズム光を計測し、太陽光は7原色で構成されており、各色の光には固有のスペクトルがあることを発見したのです。

 

物体の性質と色の関係

私たちの身の周りの物は自ら発光しません。物が見えるのは物体が反射した光が目に入るからなのですが、物体は素材の性質によって一定のスペクトルの光を吸収するため、反射した光だけが物体の色として見えるのです。

宝石のダイヤモンドは、高密度の炭素の結晶体です。そのため光の屈曲は石英の結晶であるガラスよりも高く、内部に入った光は分光して乱反射するので、キラキラと輝いて見えます。

結晶化しない炭素は全ての光を吸収する性質があるため、炭は黒く見えます。黒色は、全ての光を吸収した状態であり、白色は全ての光を反射しています。

水は光を透過するために無色透明であり、氷は表面で光を一定方向に反射するので鏡像が映ります。雪は本来透明ですが、微小の氷が光を乱反射するために白く見えます。雪原や白い砂浜では、太陽光は紫外線も含めて全て反射してしまいます。そのため紫外線による雪焼けや日焼けを起こしやすいのです。

 

自然界の色

色鮮やかな花が咲く植物も葉は全て緑色です。植物は大気中の二酸化炭素光合成によって糖分に変えますが、太陽光を効率よく吸収するには赤色のスペクトルが必要なのです。そのために光合成を行う葉緑体は緑色のスペクトルを反射し、葉は緑色に見えます。秋から冬になると、落葉樹の葉は葉緑体が抜けてゆき、緑色が薄くなるために色付きます。特にカエデ科の植物は葉の凍結を防ぐために糖分を蓄えるので、紅葉は赤くなります。

植物の花は色鮮やかですが、これは観賞用として品種改良を重ねたためで、原種の花は小ぶりで色も薄いことが多いです。元々の花は昆虫たちを寄せるために色付いており、地味な色調の花も紫外線カメラで映すと、全く違う色が見えます。人間の視覚では見えない紫外線ですが、昆虫には見えており、昆虫たちの色の世界は人間とは異なると考えられています。

蝶やコガネムシなど、昆虫は色鮮やかな種類がいます。昆虫は触覚などの感覚器が発達していますが、寿命が数ヶ月しかなく繁殖の機会は僅かです。短い時間に雌雄が出会うために、身体の色を目立たせています。一方で哺乳類の体色は殆どが白、黒、茶色です。サル族以外の哺乳類の視覚は色を見分ける機能がなく、モノクロの世界に住んでいるのです。

良く誤解されがちですが、スペインの闘牛士が牛に赤い布を振るのは、牛を興奮させるためではありません。赤い色は人間である観客へのパフォーマンスであり、牛には黒い布が見えています。

哺乳類に色覚がないのは、明暗を感じる機能に特化しているためです。日中は外敵に見つかる危険があるため、哺乳類の大半は夜行性です。夜目を効かせるために微小な明暗を捉えられますが、暗闇の中を動くために色が分からなくても良くなったと考えられます。一方でサル族や鳥類は植物の果肉を食べます。未熟な果実は毒成分があるので、完熟した実を見分けるために眼の色覚が備わりました。

 

色覚の世界

色とは光の波長の違いであることを説明しましたが、光は私たちの視覚が捉えて初めて「色」に見えます。そしてこの捉え方、色覚の世界は個々の人間によって異なるのです。

色覚が人によって異なるとはどういうことか、分かりやすいのは「青」と「緑」です。年配の人は緑色を「青色」と言い表わすことがありますが、これは昔と今で色の定義が異なったためと、加齢による視力低下で色の見分けが曖昧になっていることによります。

白い雪は北方民族には数種類の異なる色に見え、七色の虹はアメリカの先住民には3色に見えるとされます。色覚は生まれた土地の風景色を元に発達するため、人々の見えている色概念は異なっています。私たち日本人も「藍色」や「桜色」など、独自の色概念を持っています。

色盲の世界

人間の男性はおよそ20人に1人の割合で、色覚異常(色盲)を持っています。これは遺伝子の欠損が原因であり、XXの染色体を持つ女性には極めて稀です。赤色が判別しにくい赤色盲と、緑色が判別しにくい緑色盲が代表的ですが、色の見え方や程度は個人によって全く異なります。軽度の色弱であれば、原色が薄く見えているので、一般人の見え方と変わりません。重度の色盲では、風景は赤一色や白黒に見えています。色覚が異なっても他人からは分からず、本人も気が付かないことが多いため、自分が色盲であることを知らずに生活している男性は大勢います。

かつての日本では小学校で色覚検査が実施され、色覚異常ありと判定されると運転免許や就職試験で不合格となりました。色覚異常の男性は社会に出る上で大きなハンディを負っていたのですが、色覚異常は色の見え方が異なるだけで視力は正常です。交通信号の色が判別しにくいため、当事者は自動車の運転には気を使っています。

左利きの人は日常生活の上で不便なことがありますが、それは社会の構造が多数派である右利きを基準に造られているからであり、左利き自体は異常ではありません。もしも左利きが多数派であれば、右利きが不便になっていたのですから。色覚異常も同様の構造があり、もしも多数派が赤色スペクトルの光を「緑色」と認識すれば、それは「自然」なことになるのです。

当事者の男性たちが社会に訴えたことで、現在では運転免許の色覚検査は不合理差別として廃止され、学校での色覚検査も差別を助長するとして行われていません。ですが、電車の運転手や航空機パイロットなど、運転責任が重大で運行指令部との正確な意思疎通が求められる仕事には、現在も色覚検査が行われています。色覚異常は日常生活で自覚することが少ないので、気になる方は眼科を受診する必要があります。ただし色覚異常は根本的な治療法がなく、色の見方が異なるのは異常ではなく個性の一部であり、治療の必要性がないとする見解が一般的です。

色盲の男性は決して珍しくないのですが、染色体遺伝子が発症に関係するため、かつては婚約が破談となることもありました。当事者にとって自分が色盲であるかを公表するかは非常にデリケートな問題のため、身内以外は知らない場合が殆どです。色盲の世界は他人からは分からないこと、生まれつき色盲の世界を見ている人にとってはそれが自然であること。自分が見えている色の概念は言葉では共有出来ないため、他人の理解が難しいのです。軽度の色弱であれば、近視で眼鏡をかけた人と変わりなく、自分は障害者ではないと考えている当事者は多いです。一方で重度の色盲は色の判別が殆ど出来ないため、周囲の手助けが必要となります。

 

光と色彩の科学―発色の原理から色の見える仕組みまで (ブルーバックス)

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