バカ田大学講義録

バカ田大学は、限りなくバカな話題を大真面目に論じる学舎です。学長の赤塚先生が不在のため、私、田吾作が講師を務めさせて頂いております。

国際都市TAKAYAMA

1月始め、岐阜県高山市を観光しました。そこで見た外国人観光客の多さに驚き、日本らしさとは何かを考えさせられました。

1:高山市の町並み

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岐阜県高山市日本海側の山岳地帯に位置し、市域は東京都と同じ面積があります。市内は標高3000m級の北アルプスを始め大部分が山地です。2003年に周辺町村と合併して日本一広い市となりましたが、住民の高齢化と過疎化が進んでいます。

山林に囲まれた飛騨高山地域は林業で発展し、江戸時代には幕府の天領(直轄地)になっています。県庁のある岐阜市は山地を隔てて100km以上離れており、日本海側の都市との交流が盛んです。冬になると山々にぶつかった雲が大量の雪を降らせるため、飛騨高山は日本有数の豪雪地帯でもあります。冬の気候が厳しいため、人々は雪で潰れないよう木材で頑丈な家を建てました。

金沢から江戸や名古屋に向かう大名や商人たちの宿場町として高山市中心部は形成されました。江戸〜明治時代の建物は頑丈な木で作られたこと、太平洋戦争での空襲がなかったこと、大都市圏から離れており、住民の移転が少なかったため市街地の景観が保存された。経済成長によって国民生活が豊かになるに連れて、自然や温泉に恵まれた飛騨高山の観光客は増えた。宿場町である高山市は元々旅館を営む住民が多く観光客を呼び込むことに積極的だった。

こうして観光産業が地域経済を支えることになりました。現在では人口約9万人の高山市に年間で450万人の観光客が訪れます。 

2:観光業の転機:外国人観光客の誘致

観光産業で成り立つ都市は日本各地にありますが問題もあります。一つは閑散期には収入がないこと、飛騨高山は登山や避暑に訪れる春から夏が観光シーズンであり、逆に寒さが厳しい冬には観光客は減ります。また日本人観光客は5月の大型連休や夏休みに集中するため、閑散期の旅館やホテルの稼働率が下がってしまうのです。

もう一つの問題は観光客自体の減少です。高度経済成長期には会社の団体旅行客が温泉地に大挙したため大型ホテルが建てられましたが、個人客が中心となった現在では大口客の需要は下がっています。また、海外旅行の普及で国内観光客が外国に流れています。少子高齢化によって日本人全体が減少しているため、旅行の潜在需要自体が減り、日本人観光客の誘致に努力しても、他の観光地との客の奪い合いになってしまいます。

一方で日本人に海外旅行が身近になった頃から、欧米人を中心とした外国人観光客も少しずつ増えていきます。彼らの目的は日本文化の体験であり京都や奈良などの観光地は国際化します。1986年に飛騨高山地域が国際観光都市に指定されたのを機に、高山市は外国人観光客の誘致に乗り出します。

3:白川村の観光価値

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高山市に隣接する白川村は、世界遺産の合掌造り集落で知られています。日本の原風景の様な景観美は高く評価され、村民1500人の村には毎年世界中から100万人以上が観光に訪れます。

以前の白川郷は、細々と農業と養蚕を営む山間の集落でした。周囲を山に囲まれて日照時間は短く、田畑を広げることも出来ない。冬には道が雪に閉ざされて外界から孤立してしまう。住民たちは非常に厳しい環境で生活するために、豪雪に耐える合掌造りの家を作って、地域全体で代々守ってきました。

伝統的な茅葺き屋根を維持するには多額の費用がかかるため、以前は日本各地に見られた日本家屋に今も住民が住んでいる地域は非常に限られています。かつて誰も訪れることのなかった白川郷は、外界から離れていたことで里山の原風景がタイムカプセルの様に保たれ、現在では世界に開かれた場所になっています。

世界遺産の登録は歴史的景観の保持が条件となるため、住民たちは古い家屋を維持管理しなければなりません。文化庁や村から補助金も出ますが、家屋は住民たちの所有であり修繕費を負担する必要があります。自分たちの生活と景観を守るため、集落の住民たちは農業から観光客相手の土産屋や民宿に転業しています。

4:「サムライルート」の開拓

白川郷世界遺産として紹介されてから観光客が急増しましたが、問題も出てきました。景観を保つために厳しい開発規制が必要なため、観光客の滞在施設を増やせないのです。狭い道幅を広げることも出来ないので一般の観光客がマイカーで押し掛ければ交通渋滞で住民は生活出来なくなります。村民たちは観光業者や行政と話し合いを重ねて、金沢や富山、高山駅からバス路線を確保して観光客をピストン輸送することになりました。外国人旅行者の移動手段は鉄道よりも高速バスが一般的です。高山市は白川村と連携して、国内外の旅行業者に白川郷までの観光ツアーを売り込むことで、市内の宿泊客を確保しました。

日本人観光客は観光シーズンに短期旅行が多いので滞在先は一つの観光地だけ、そのため各地で観光客の奪い合いになります。それに対して長期休暇が普及している外国人旅行者は、一週間近く日本に滞在することが多く各地を回ります。京都〜富士山〜東京へと観光するコースは「ゴールデンルート」と呼ばれ多くの外国人観光客が訪れます。経由地に金沢〜白川郷〜高山〜松本を高速バスで回るコースは「サムライルート」と呼ばれ、旧い町並みを徒歩で散策出来ることから近年人気を集めています。

高山市役所は観光戦略課を作り、金沢市松本市など他県の自治体と共同で観光PRを行なっています。現代の旅行者はガイドブックではなくインターネットから情報を得ています。翻訳ソフトが進化したため、観光施設の場所や交通手段、開館時間や料金などはホームページの方が詳しく分かります。しかし外国で情報端末を使うには公衆無線LANが欠かせません。高山市では街全体にWi-Fiスポットを整備し、更に各国の文化的な違いに対応するため外国人留学生に体験旅行を依頼しています。

5:急増するアジア圏旅行者

伝統的な日本文化を体験出来る飛騨高山はこれまで欧米諸国から訪れる外国人が中心でしたが、近年になってタイやマレーシア、インドネシアからの旅行者が急増しています。東南アジア諸国の経済発展により海外旅行が富裕層以外にも普及していること、航空路線の整備で日本への直行便が増えたこと、日本経済が円安傾向にあるため旅行各社は日本ツアーを売り出しています。

豪雪の高山市は冬季の観光客はスキーや温泉客に限られてきました。一方で東南アジア地域は熱帯性気候であり冬季がありません。台北や香港、上海などの中華圏都市も沖縄県より緯度が低いため年間を通じて暖かく、冬でも雪が降らないのです。アジア諸都市の住民は一生に一度も雪を見ないため、綺麗な雪景色を体験したいという需要が高いのです。私が訪れた1月は、観光客の殆どが外国人であり、日本人観光客はごく一部でした。

6:高山市に学ぶ国際観光政策

日本政府は訪日外国観光客の更なる増加を目指してインバウンド政策を掲げています。30年前から外国人観光客の誘致に向けて試行錯誤を繰り返した高山市の観光政策はその成功例と言えるでしょう。山に囲まれた高山市は地元の就職先がなく、若者が名古屋圏に流出していました。このままでは地域が消滅するという強い危機感が市民に共有されたことで、若者を呼ぶための観光政策に本気になっているのです。

高山市の観光の強みは雄大な自然と歴史的な町並みですが、東南アジアからの旅行者には雪国の体験、欧米の旅行者には町並み散策を紹介するなど、各国の旅行者の目的に合わせた観光プランを用意しているのです。

近年では北海道ニセコ町や長野県白馬村に欧米のスキー客が集まるなど、地方の観光地が国際化しています。日本人観光客の増加が見込めない以上、これらの観光地は無線LAN設置や多言語対応に取り組むことになります。

観光地を一つに集約することも大切です。広大な面積を持つ高山市ですが、観光客が訪れるのは中心市街地に限られており、合併前は町村であった周辺地区を観光する人は僅かです。周辺地区に金が落ちることはないですが、住民生活を乱されることもない。住民たちは農作物を市街地の飲食店に売るか、旅館の従業員や出入り業者として働くことで生活しています。

全国の自治体に観光課はありますが、自治体がどれだけ観光をPRしても、肝心の観光地に魅力が乏しければリピーターはつきません。また観光客が多くても、当地に宿泊しなければ客単価は大きく下がります。神奈川県鎌倉市は首都圏有数の観光地ですが、都心から日帰り観光で回れるため宿泊施設が少ないです。隣接する逗子市や葉山町の民宿は夏場の海水浴客で賑わいますが、秋から春までは空室が多くなります。外国人観光客に来てもらうためには自治体間で連携して、観光地と宿泊地を分ける必要があるでしょう。

7:高山市の観光の今後

東南アジア諸国の経済成長は続いており、各国は消費が活発な若い世代が多いです。成田空港は第3滑走路の増設により発着枠が大きく増えます。格安航空の参入も相次ぐ中で今後も外国人旅行者は増えるでしょう。各地の観光地では多言語への対応は進みつつありますが、宗教的な対応が進んでいません。

マレーシアやインドネシア国民は敬虔なイスラム教徒であり、日常生活の全てがイスラムの戒律に準じています。一方で宗教色の薄い日本では、国や自治体は政教分離の原則に触れることを避けるために、イスラム教徒への配慮に及び腰です。そのためイスラム教徒の観光客は、戒律を守りながら観光を楽しむための情報収集に苦労しており、母国の旅行業者の観光ツアーを頼るしかありません。

彼らは1日5回の礼拝が欠かせないので、聖地メッカの方角を示した礼拝スペースが必要ですが、日本では国際空港に設置され始めたばかりです。食べ物の戒律も厳しく、アルコールや豚肉成分を使用した食事は勿論、豚肉に触れた調理器具を使った料理すら口に出来ないのです。イスラムの戒律に準じて処理された食材はḤarāl(ハラル)の認証を受けることで初めて提供出来ます。飛騨高山名物の飛騨牛は厳しい品質管理をクリアしたブランド肉ですが今後はハラル認証も必要になるでしょう。