バカ田大学講義録

バカ田大学は、限りなくバカな話題を大真面目に論じる学舎です。学長の赤塚先生が不在のため、私、田吾作が講師を務めさせて頂いております。

愛情と殺意の本能

今回は愛情と殺意の関係を考察します。両者は対局にあるようで、人間社会の基本はこの2形態しかありません。

 

殺人と戦争

日本国内での殺人事件は年々減少しており年間300件程です(2012:警察庁)。これが1950年代には2000件前後となります。しかし殺人事件とはあくまで私情であり、殺す相手も基本的に一人です。これが国家や政治組織単位での殺人=戦争や内戦になると、犠牲者は数百万人になります。戦争は殺人に国家のお墨付きが出ますから基本的に歯止めがかかりません。普通に考えれば人を殺すことはとても恐ろしいことです。なのに国や家族などの共同体を守るという名目があれば人間は恐怖も倫理も易々と越える。そもそも人間は何故他人を殺したいのか?それは殺戮本能の働きによるものです。

 

アインシュタインフロイトの見解

1932年、国際連盟の誘いに応じた物理学者アルバート・アインシュタインは、一番対話したい人物として精神分析学の創始者ジクムント・フロイトを指名し、「人間は何故戦争をするのか」を尋ねました。両者の見解は一致しています。戦争の原因は経済格差や宗教対立などといわれますが、こうした理由は後付けです。人間は本来「他者を殺したい」欲望に動かされているために戦争を正当化する理由を持ってきているのです。宗教や法律、倫理において殺人を禁じているのは、禁止しなければ人間は勝手に殺し合いを始めるからです。

 

殺戮本能の起源

私たち人間:ホモ・サピエンスは、数百万年前にチンパンジーなどの類人猿と別れた存在です。ジャワ原人北京原人ネアンデルタール人など他の原人族は絶滅しており、アフリカの黒人からアラスカのイヌイット族まで、全く異なるように見える人種もDNAを辿ると数万年前は全て一つの人類種であったことが分かっています。他の原人族が何故絶滅したのかは人類史の大きな謎です。

ホモ・サピエンスが他の原人族や類人猿と何が同じで何が異なるか、人類学や霊長類研究はそれを解明するための学問ですが、一つ分かっている事として、高度な社会性を持つ動物は社会集団を保つ手段として同族殺しを行うのです。

 

 チンパンジーの殺戮社会

チンパンジーは人間とのDNAが99%同じである類人猿です。人間の3歳程度の知能を持っていますが性格は極めて凶暴です。群れは一頭のオスに数頭のメスが連なる一夫多妻制であり、弱いオスは群れに入れず子孫を残せません。群れのオスが余所者に負けると群れのオスは交代しますが、以前のオスの間に誕生した子どもは新しいオスによって全て殺されます。

メスは子どもを抱えている間は妊娠出来る状態ではないので、オスが自分のDNAを残すためには他のオスの子どもを排除するしかありません。群れの中には1位、2位、3位などの個体としての序列があり、序列の高い個体に歯向かえば殺し合いになります。厳しい野生に生きるチンパンジーにとって「弱肉強食」が集団を保つための戒律なのです。

 

人間の戒律社会

ホモ・サピエンスは集団内部の私情による殺人を戒律で禁止しています。もしも人を殺せばその人物はアウトロー(破戒者)として集団から排除されます。現代においても殺人犯を刑務所という社会の外に置くという構図は同じです。

しかし、集団と他集団の殺し合いは公共の意味合いを持つため基本的に推奨されています。南米アマゾンやパプアニューギニアの原始部族は数千年前から近隣の部族と戦争しています。部族社会であるアフリカ諸国も常に紛争状態ですし、戦争と決別すると主張している先進国が、最も強力な軍隊を配備しています。

法律や戒律とは社会集団内部の合意事項であるため、外部の集団には適用されません。国際法には戦争そのものを禁止する規定がなく、他国と交戦する場合は戦線布告などの手続きを行うことが定められているだけです。

 

ボノボの愛情社会

ボノボ(ピグミーチンパンジー)はチンパンジーの亜種属です。体格が小型である以外にチンパンジーと外見上の違いがないのですが、性格が全く違います。集団内部で揉め事が起きた場合、チンパンジーは殺し合いにより解決しますが、ボノボは性行為による愛情確認によって解決します。多くの猿属は集団のコミュニケーションを図るために毛繕いを行いますが、ボノボはオスとメスだけでなく、オス同士・メス同士でも違いの性器を愛撫する行動が見られます。

生物にとって性行為とは生殖のみを目的としています。しかし人間は子どもを作る予定がなくてもセックスすることを当然としている。性行為をコミュニケーションの一環として行う生物は、人間とボノボだけです。

 

本能のあるべき姿

生物は他の生物を殺して食べなければ生きていけません。現代人にとって食肉とはスーパーの商品ですが、野生の生物や原始部族にとっての食肉とは他生物の命そのものです。生きるために殺すこと、殺戮本能は動物たちが生きるために身に付けたものです。

そして次世代を生かすためには愛情本能が必要です。基本的に生物は愛情と殺意の本能を宿していますが、高度な社会性を維持する必要があると、愛情と殺意を仲間集団にも適用するようになります。チンパンジーとボノボは最も人間に近い存在です。人間は社会を維持するために両者の本能を引き継いでいるのです。

しかし本能のままに行動しても集団は維持出来ない。ホモ・サピエンスは数万年の歴史で試行錯誤しながら様々な社会集団の規範をつくりました。そして現代まで残っているのが、戦争でのみ殺人を認めること、性行為を結婚したカップルにのみ推奨することです。これ以外で殺戮と性行為を行うことは、法律で禁止されているいないに関わらず、どの社会集団でも公に認められません。

自分の幸せのために他人を犠牲にしても良いという考えを誰もが知らずにしています。性行為を婚姻・カップル関係に留める必要性は誰もが「常識」として知っているのに、誰も守る気がありません。社会規範と本能の関係を両立させるためには、人間社会の制度は発展途上なのです。