バカ田大学講義録

バカ田大学は、限りなくバカな話題を大真面目に論じる学舎です。学長の赤塚先生が不在のため、私、田吾作が講師を務めさせて頂いております。

お金が紙屑になる日

 

ジンバブエの悲劇

アフリカ大陸の南端、南アフリカ共和国の隣にジンバブエという国があります。アフリカ諸国は多民族が統治権を巡って内戦状態にある国が多い中で、1980年にムカベ大統領の下で独立したジンバブエ穀物の輸出と欧米資本の取り入れにより安定した経済成長を遂げ、医療や教育は高い水準を誇っていました。

しかし1992年、南アフリカアパルトヘイトを撤廃して、黒人と白人とアジア移民の民族融和政策を掲げます。それと対照的に、ムカベ大統領は黒人優位政策を掲げ、2000年には土地徴収法により欧米人から農場を取り上げました。

ムカベ政権はジンバブエ国益として、黒人たちが欧米の植民地支配を受けなければ、農場の土地や資源は本来自分たちの所有物だと主張したのです。こうして農場は黒人たちの所有地となりますが、黒人たちには穀物の栽培技術がありませんでした。かつてはアフリカの穀物庫と呼ばれたジンバブエの食料自給率は急激に悪化します。

一方で土地と財産を取り上げられて、ジンバブエを追放された欧米人たちは西欧社会にムカベ政権の無法を訴えました。次いで2007年には外資系企業の株式の半分を黒人に譲渡する法案が成立しています。それまでジンバブエに投資していた欧米人も、株式が没収される恐れがあるため資本を引き揚げました。

こうしてジンバブエは、保有する外貨が殆どなくなり、外国から商品を輸入することが出来なくなりました。その結果起きたのがハイパーインフレです。

 

ハイパーインフレ

インフレとは、お金の価値より物の価値が上がることであり、120円のジュースが150円に値上げされることです。国際為替市場において自国通貨の価値が下がると、同じ額でも購入出来る輸入品は少なくなるため、国内は品不足になります。

原材料が値上げされている上に、商品を必要とする人が多ければ、商品の値段は釣り上がる。こうして物価が上昇します。人々の給与は一定なので、物価が上がれば買える商品は減り生活が貧しくなります。

主なインフレの原因は経済政策の失敗により国債・為替市場で、通貨の価格が下落していることです。しかし、戦争や革命勃発、経済制裁で国家そのものが危うくなると、どの国も支払い不履行を恐れて貿易しなくなります。外国からのエネルギー資源や商品が全く輸入されず、国内が極端な物不足に陥ります。するといくら金を積んでも商品は足らず、物価は天井知らずに上昇する。これがハイパーインフレです。

経済制裁を受けたジンバブエは、国内の品不足によって物価は急上昇しました。朝に買ったパンの値段が、夕方には2倍になっていたというエピソードもあります。2008年には商品価格を強制的に下げる法律が出来ますが、それでは企業の利益が出ないため、国内企業の撤退と倒産が相次ぎます。もはや品不足と物価上昇に歯止めがかからなくなり、2009年にインフレ率は2億%に達しました。100ドルのパンが2億ドルに値上がりしたという状況です。

通貨価値の下落に対応するためにムカベ政権は額面の大きな紙幣を発行しました。それが冒頭に載せた100兆ジンバブエドル札です。一見凄い金額ですが発行当時でも日本円にして30円程の価値です。ジンバブエ政府はその後500兆ドル札まで発行しましたが、結局自国通貨を放棄したため、ジンバブエドルは通貨としての価値を持たない紙屑になりました。

 

国家経済と通貨

一万円札には、一万円までの商品と交換する価値があるという認識を、私たちは当たり前としています。しかし一万円札の製造コストは30円もかかりません。なぜ紙券に1万円の価値があるのか、それは円の価値を日本銀行と政府が保証しているからです。

日本は外国に様々な製品を輸出し、資源を輸入する貿易大国です。その支払いは日本円で行われるため、外国も日本円を外貨準備高として保有しており、日本も他国の通貨を外貨準備として多数保有しています。このように両国間の通貨を持ち合うことでお互いの通貨の価値を担保しているのです。

 

通貨の価値と変動相場制

アメリカ合衆国の連邦準備理事会は、米ドルの価値を担保している機関です。貿易ルールや金融システムが整備される以前の世界貿易においては、各国の通貨にどの程度信用がおけるのかの格付けがなく、唯一確かな価値を持つのは金(ゴールド)だけでした。

そして連邦準備理事会の保管庫は世界一金を保有しており、ドル紙幣を金と交換することを保証したことで、米ドルは世界一信用出来る通貨となり、貿易市場の決済で最も使用されるようになりました。

しかし1971年のニクソンショック(米ドルと金の交換停止)により、通貨の価値はその国の経済力と貿易力、外貨準備高などで分析されるようになります。これにより為替市場では毎日通貨の価値が変わる変動相場制になりました。

関税の撤廃や特許権の制定など、資本主義国の間で経済協定を結ぶと、企業はその国と貿易や投資を行い易くなります。経済活動にはその国の通貨が使用されるので、貿易や投資の拡大は通貨の価値を上げます。日本が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)加盟を目指しているのは円の価値を上げる目的があり、逆にアメリカのトランプ政権は自国優先を掲げてTPPを脱退しています。

アメリカはシュールガスの開発が進み、他国からのエネルギー輸入の見通しが減りました。対ドルの貿易赤字が続くアメリカにとって、国際市場におけるドルの価値はある程度下がった方が輸出に有利ですし、2050年までに国内人口は4億人に達すると予測されるアメリカは、内需拡大によって経済ルールを自国優先にしても外国からの投資は見込めるからです。

 

日本円が紙屑になる日

冒頭でジンバブエの事例を挙げましたが、世界史を見るとフセイン体制下のイラク、旧ユーゴスラビア、旧ソビエト連邦第一次大戦後のドイツなど戦争や革命によって政府が崩壊した国は深刻なインフレとなり、政府による信用を失ったお金は紙屑となっています。1997年のアジア通貨危機の際にはタイ王国と韓国の通貨が暴落しており、南米アルゼンチンは1989年と2001年に国債債務不履行となりました。

日本でハイパーインフレが起きたのは、太平洋戦争の敗戦によりアメリカの占領下に入った時です。敗戦国である日本円の価値はなく、どの国も貿易しないため国内は極端な品不足になりました。米軍の物資を横流しした闇市が乱立し、国中に浮浪者と餓死者が溢れた時代です。それから70年、貿易大国となった現代の日本では円の価値は不変に見えます。しかし人口減少による内需の縮小と生産力低下、国家財政の半分を国債に頼っている財務状況で、為替市場における円の価値は低下しています。円安が進むことでアジア圏からの訪日外国人が増加する利点もありますが、石油を始めとするエネルギー資源を輸入に依存している日本経済の貿易赤字は拡大しています。

最大の問題は、国債を国内銀行だけで買いきれなくなり、国際市場での格付けが下がることです。日本国債を他国が買ってくれるうちは良くても、国債の発行残高は増える一方なのです。返す見通しが立たないのに借金を増やしていると評価されれば国債の価値は暴落し、円の価値も暴落する危険があります。

企業の株式の価値は企業利益によって決定し、株式市場で評価されます。企業が倒産すればどれだけ値段の高い株も紙屑になります。事情は国の通貨でも同じなのです。お金の価値を保証しているのはあくまでもその国の政府です。政府が崩壊したり他国から見限られればその国の通貨は価値がなくなる。過去には実際にあったことであり、これからの未来に起こらないとは言い切れないのです。