バカ田大学講義録

バカ田大学は、限りなくバカな話題を大真面目に論じる学舎です。学長の赤塚先生が不在のため、私、田吾作が講師を務めさせて頂いております。

心理学の考え方(2)

3:「悪い人」はいない

この社会に悪い人はいない、心理学はそのように考えます。社会は犯罪で溢れているし、自分も悪意を持った人間の被害に遭っている、と反論されるかと思います。ですが、「悪い人」の視点ではどう考えているのでしょう。

 

例えば立場の違いを利用してパワハラや暴言を浴びせられた場合。被害者は激しく傷付きますが、相手はそんな被害者の姿を見て「弱者をいたぶることの愉しさ」を感じています。そして

自分を正当化する根拠を捜すのです。

「盗人にも三分の理」という諺がありますが、窃盗犯は自分の腹を満たすために万引きしますし、殺人犯は自分にとって邪魔な人間を消すために人を殺します。

いずれも共通するのは、客観的には悪でも、

主観の世界では「自分のために良いこと」

をしているということです。相手の気持ちを想像することなく、自分にとって良いことを「独善」と言いますが、それに共感する仲間がいると「他人も同じように考えている」という強力な正当化の理屈ができます。

学校や職場でのイジメは加害者側は多数派であり、「被害者にも落ち度がある。皆が協調しているのに、個人の都合で動く奴は集団の敵だから排除するしかない」と考えて行動しています。そこに「悪意」の自覚はありません。

 

世界からテロや戦争が根絶しない理由の一つは、当事者たちの誰も「悪い事をしている」自覚がないことにあります。「神の意志だから」「理想の社会をつくる」「国家を守るため」など色々な正義を信じているから、反対派の人々を殺せるのです。「地獄への道は“善意”で舗装されている」(カール・マルクス)のです。

 

4:自分の心が分からない

自分の心は自分しか分かりません。逆に言えば、自分の事は自分が一番理解している。それは本当なのでしょうか?

周りの人のうち、誰が好きで、誰が嫌いかという事は理解しています。ですが、その人が好きな理由を言葉で説明出来ますか。自分の好みや心情が気まぐれに変化するのは何故なのでしょう。

 

「近代心理学の父:ジクムント・フロイト

精神分析学の創始者フロイトは、個人の思考や意志決定の深層には、本人が自覚していない「無意識」領域が存在することを発見しました。フロイトは、何かを好きになる・嫌いになるなどの個人の性格は、幼少期の親との関わりの中で形成され、それは成人しても影響を与え続けると考えました。

 

子供から成長する過程で、誰もが自我の確立に悩み苦しみながら大人になります。自我の確立とは「自分はどう生きたいのか」を理解する事です。「何を学ぶか」「どの職業につくか」「子供を産むか」「誰と結婚するか」など

人生の選択肢が多様化した現代では、個人のライフプランは自分自身で決める自由を持っています。ですがその自己決定の根拠は、ある意味

いい加減です。

恋人と付き合うきっかけや、アルバイトを始めた理由は、「なんとなく楽しそうだったから」ではないでしょうか。自分の心、特に「理性」ではなく「感情」で思考している分野は、無意識領域に属している事柄が多いのです。自分の感情を全て意識出来る人は「感受性が高い」のですが、そうした人は作家や芸術家タイプであり、社会適応能力がありません。

ストレス社会である現代では、全ての感情を意識すれば、自分も周囲もパンクします。それを避けるために、心は嫌な感情を無意識領域に置いているのですが、感情自体は自分の一部であり消滅しません。そして感情を押し込め続けた場合、「結婚」「転職」「離婚」など人生の分岐点に立った時に、本来の自分は何が好きで何が嫌いか、自分は何をしたいのか分からなくなっているのです。

 

これは非常に難しい問題です。

自分の感情に正直になり過ぎれば、社会生活は困難になります。そもそも意識を掘り下げれば

「本来の自分」が見つかる保証がありません。

学生の「自己分析の罠」「自分探しの罠」と

言われるように、自己を掘り下げることで

却って自分が分からなくなることもあります。

しかし自分の感情を常に押し殺し、周囲に併合すれば自分自身の個性がなくなります。自分の人生の分岐点にいる時、他人の意見に従うことになりかねません。

自分なりの判断基準を持つこと、それでも分からない時は、敢えて分からないまま決断する事、根拠が示せなくても自分の直感を信じることも大切です。

 

あとがき:人間の矛盾

日本を代表する精神科医中井久夫氏は「健全な精神とは、個人の感性と社会の要請から派生する矛盾を内包することだ」と述べています。

社会では「自分で考えろ」と言われ、考えて行動したら「勝手なことするな、空気読めよ」

と言われます。

一体何を求められているのか分からなくなりますが、この矛盾する内容を成長する中で無理なく受け止めることが心の発達であり、両者のバランスが崩れると心は不調になります。

そもそも両立しない概念を心は抱えているのですから、環境や人間関係の変化など、慣れない状態になれば心を病みやすいのです。

もしも自分が精神疾患になったら、心が矛盾に悲鳴をあげていると受け止めて、社会活動

から一休みすることも大切です。